狂気
月曜日、朝5時半起床。
外は、まだ漆黒の闇に包まれている。
今日はMSのバイトで10か所の写真を撮って報告することが任務だ。
朝6時、車に乗りエンジンをかける。
フロントガラスが凍っているので、しばらくエアコンを効かせる。
車の中は暖房が利いて寒くはない。
夜勤の仕事をしていると中途半端な時間が暇になってしまう。
普通のバイトだと両立が難しいということもあったが、むしろ未知なる可能性を求めて「なにかしよう」と思い、ミステリーショッパーを始めた。
しばらくして、フロントガラスの霜が解け、ようやく目的地へ向かって走りだす。
まだ暗い住宅街には車も人も無いが、メインの道路へ出ると、週開けの通勤の車が稲妻の閃光のように、すさまじい勢いで走り去って行く。
ラジオから懐かしい曲が流れてくる。
ぼくは、車のライトに照らされた道が光の筋になって伸びていく先を見つめた。
誰にでも帰る場所があるのだろうか?
ぼくは、物心ついた頃から居場所の無い肩身の狭さを感じて成長した。
そして昔、父親の思い出がある山に一人で登り、思い出に浸って心を癒すことが多かった。
あるとき自転車で母親の田舎と聞いているほうへ遠出し、あてもなく彷徨い、日が落ちた山々に点々と住宅の明りが見えるのを、どこか届かない温かい家庭の温もりと重ねて心を焦がしていた。
根なし草のように、各地を転々とし、妻に出会い家族ができ、やがて定住を約束した今の中古マンションに住むことになった。
今でも、この場所は他人に誇れるくらい良い棲み家であると思っている。
だが、一抹の郷愁のような心残りがあった。
ぼくの心は、あの父の思い出の残る故郷の山で住ごしたいと願っているのだ。
もし、ぼくが死んだら・・・
こんなとき、ふと暗闇で何者かに語りかけられる胸騒ぎを感じる。
いや、本当のところ、意識がハッキリしないのが、かえって夢の中のように心地良く、いろんな思いが狂気のように湧きあがってくるのだ。